Mr.申告敬遠

野球中心ですが時々他の事も語ります。

夏の甲子園プレイバック 2002年

このシリーズは過去の夏の甲子園大会を

私の記憶を頼りに振り替えるシリーズです。

何年かはランダムで選びます。

期間は1996年から2019年。

(この範囲なら記憶がしっかりしてます!!)

なるべく全部お届けできるように頑張ります。

 

優勝 明徳義塾

準優勝 智辯和歌山

注目選手 大谷智久報徳学園

 

2002年大会の優勝候補

帝京 投打にハイレベル。実力は大会屈指。

報徳学園 春のセンバツ優勝校。エース大谷は大会No.1右腕&強力打線

浦和学院 報徳学園に雪辱なるか。エース須永は注目左腕。

 

注目校はこの3校。

そこに智辯和歌山、明徳義軸、常総学院の常連校に、

春のセンバツ準優勝の鳴門工が絡む予想だった。

 

明徳義塾は初優勝

意外にも明徳義塾はこの大会が甲子園初優勝です。

エース田辺の安定感と試合巧者ぶりが見事に合わさった戦いぶりでした。

 

明徳義塾は堅守で手堅いのがチームカラー。

これは当時から今まで変わっていません。

加えて名勝・馬淵監督が相手の弱点や隙を見逃さず徹底的に突いてきます。

とにかく試合運びが上手く、接戦になればほぼ明徳のペースと言っていいでしょう。

 

常総学院戦での逆転勝利

馬淵監督が優勝までの道のりを振り返って、

この試合を一つのターニングポイントとして挙げていました。

常総学院は強豪で明徳義塾も苦戦を強いられます。

エース田辺が本調子でなく終盤にリードを許す展開。

しかし、終盤に森岡主将(中日ドラフト1位)らの連続ホームランなどで逆転。

これは失礼ながら明徳らしくなく、智辯和歌山のようなシーン。

そのまま逃げ切りました。

だいたい甲子園優勝校は劇的な試合が一つや二つあるものですが、

まさにこの試合がそうだったように思います。

 

常総学院も内容は互角で勝利寸前までいきましたが、

最後はほんのわずかな差で敗れました。

 

一回戦で報徳学園浦和学院

運命のいたずらとは組み合わせ抽選会でも起こりました。

抽選会場が当然のように沸きます。

初戦でいきなり優勝候補同士の対決。

しかもセンバツでも対戦(報徳勝利)しており因縁の対決。

浦和学院は打倒報徳をテーマにやってきましたから、

雪辱を晴らす機会がいきなりやってきました。

両チームには大会注目のエースがいましたから投手戦が予想されました。

報徳学園は大谷(現ロッテ)、浦和学院は須永(日ハム)です。

しかし、試合が始まってみれば初回から点を奪い合う波乱の予感。

それ以降試合は落ち着きましたが、

浦和学院が効果的に得点し報徳学園を突き放します。

浦和学院・須永は緩急を活かして報徳打線を翻弄していました。

この好投が最大の要因であり見事報徳学園を撃破。

春の雪辱を果たします。

 

強さが際立っていた帝京

この大会の中継を見ていて優勝は帝京だなとほぼ確信していました。

それくらい攻守に圧倒的なパフォーマンスをみせていました。

特に走塁が洗練されていて次の塁をことごとく陥れています。

隙がなく選手層も厚いので連戦を戦く総合力は頭一つ抜けていたと思います。

準々決勝の尽誠学園との対戦は苦戦しましたがそこまでは順当でした。

 

しかし、準決勝の智辯和歌山

智辯和歌山は強打は強打ですがかつてのイメージとは少し違うチームでした。

投手力で接戦を勝ち上がってきており、守りに幾分重点が置かれていました。

試合前の予想では帝京が投打に上回る予想でしたが、

試合が始まってみれば中盤までロースコアの接戦。

両チームのスタイルを考えると意外な展開です。

結局、智辯和歌山が終盤帝京を突き放して勝利します。

試合巧者・智辯和歌山が見事に優勝候補筆頭を下し決勝進出です。

 

勝戦

先に述べたように試合巧者同士の決勝戦です。

明徳義塾は四連投になるエース田辺がどこまで踏ん張るかが焦点でした。

しかし明徳打線がエースを早くから援護します。

小技を絡めながら得点しホームランで中押しとさすが試合巧者な攻め。

田辺もそこまで疲労の影響は見られず制球良く智辯打線を封じます。

終盤には明徳が試合を決定づける得点を入れ大きくリード。

田辺はそのまま完投し明徳が勝利。

初優勝です。

馬淵監督や森岡主将は感極まって涙を流していたのが印象的でした。

 

 

その他

2002年は四国勢が強かった。

夏の大会は四国四校が全てベスト8入り

明徳義塾川之江鳴門工尽誠学園

春の大会は四国地区三校がベスト8入り

鳴門工明徳義塾尽誠学園

 

まとめ

初優勝・明徳義塾のそつのなさが光りました。

注目されにくいが要所での犠打はしっかり決めるなど、

相手投手を揺さぶり自分たちのペースを握んでいました。

くわえてエース田辺の制球力と堅守も大きな要因。

この頃は大型チームの優勝が目立っていましたが、

明徳義塾は基本に忠実かつしたたかさがある好チームでした。

 

個人的にですが、

報徳学園の大谷投手は初戦で敗れましたが、

勝ち進めば進むほど連投が予想されていたので、

現在プロ野球で活躍していることを見ると彼の野球人生的にも

まだ休養日などない大会での酷使がなくなったのは

それはそれで良かったのかなと思います。