Mr.申告敬遠

野球中心ですが時々他の事も語ります。

夏の甲子園プレイバック 1998年

このシリーズは過去の夏の甲子園大会を

私の記憶を頼りに振り替えるシリーズです。

何年かはランダムで選びます。

期間は1996年から2019年。

(この範囲なら記憶がしっかりしてます!!)

なるべく全部お届けできるように頑張ります。

 

優勝校 横浜

準優勝校 京都成章

注目選手 松坂大輔(横浜)

 

横浜高校春夏連覇とエース松坂大輔

1998年大会は打倒横浜が各校のテーマ。

このときの横浜は公式戦無敗を継続中

春の選抜センバツ圧倒的な強さで制しており、

夏の大会も当然の優勝候補筆頭

他校は横浜を倒さないと優勝できないという構図でした。

 

その横浜高校の中心にいたのが”平成の怪物”松坂大輔

今大会の主役。

というかヒーローです。

(他にもこのチームから松坂以外にも3人プロ入りしてるので、

松坂だけのチームでは決してありませんでした。)

松坂は名門横浜のエースで4番

150キロ前後の速球に「消える」とまで言われた高速スライダーで三振の山を築く投球スタイルは、高校野球ファンを魅了しました。

ほとんどの対戦相手も松坂の投球に面食らっていました。

高校生でここまでレベルの差があるものかと。

見ていて衝撃でした。

このように投手として最大限の評価を受けていましたが、

実は打者としてもレベルが高かったです。

今でこそ大谷翔平が”二刀流”で注目されていますが、

松坂もプロで”二刀流”が認められていればそれなりに結果を残していたかもしれません。

この松坂に加えて周りの野手もレベルが高く、

当時の横浜は隙の無い試合巧者のチームでしたから総合力が抜きんでていました。

 

結果として松坂擁する横浜は春夏連覇を達成しますが、

そこに至るまでの戦いが強烈で今も人々の記憶に刻まれています。

その戦いを振り返ります。

 

横浜VS鹿児島実業杉内俊哉

 松坂、杉内といえばプロでもおなじみの大選手ですが、

この二人は甲子園の舞台でも対戦しています。

杉内は二年生時もエースとして甲子園に出場しており夏は連続出場。

注目の投手でした。

そして杉内は一回戦で対八戸工大一戦でノーヒットノーランを達成しました。

ストレートとカーブのコンビネーションが抜群で相手打線につけ入る隙を与えませんでした。

この投球を見て誰もが次の横浜戦でももしかしたらとか、

横浜は危ないかもとか思ったと思います。

 

そして実際の試合。

いくら好投手杉内を擁していても総合力では横浜が優位という下馬評。

それもそのはずで鹿児島実業が勝利するには松坂を打ち崩さなければなりません。

ならば投手戦に持ち込むのが鹿児島実業のゲームプランでした。

その通りに序盤から中盤は投手戦。

点が入らない試合でもこんなに見ごたえがあるんだなと認識しました。

しかし、杉内の踏ん張りもむなしく終盤に自力に勝る横浜が得点しそのまま逃げ切ります。

プロ入りした小池正晃の盗塁&後藤武敏の犠牲フライや松坂のホームランで点差も開いて、終わってみれば6-0。松坂は完封勝利。

横浜の強さが健在だったという結果でした。

横浜は試合巧者のチームですから投手戦も想定内で試合の進め方も盤石でした。

鹿児島実の杉内はよく投げましたが、最後は力尽きました。

 

伝説のPL学園

横浜ーPL学園。1998年大会最大の激闘。

あまりの激闘に今もなお語られてる試合です。

PL学園は同年のセンバツで横浜に敗れており、

以降”打倒横浜”を最も意識していたチームです。

準々決勝での対戦が決まった時は球場が大いに沸いていました。

PL学園は甲子園で大人気の学校でそれが最強横浜に挑むわけです。

観衆も楽しみにしていました。

横浜もプロ注目選手を複数擁するチームですが、

PL学園も平石洋介、上重聡大西宏明田中一徳田中雅彦とタレントでは負けていません。

春のセンバツでは3-2の接戦でしたから、

この試合も好試合が期待されるのは必然でした。

 

序盤はPL学園が先手をとり横浜が追いつく展開

序盤からPL打線が横浜先発松坂を捉えます。

松坂はこの試合前日の星稜戦で148球で完投と疲労がありコンディションが万全でなかったのは明らかでした。

さらにPL学園の巧みな作戦の術中にはまってしまいました。

しかし、横浜バッテリーは試合中このことに気付き相手の狙いをはずしていきます。

ここから横浜が反撃に転じ少しずつに差を詰めていき同点に追いつきます。

中盤終わって4-4、同点。

 

終盤からは一進一退の攻防

終盤からは緊迫した大接戦。

7回裏にPL学園が1点勝ち越すも横浜も即同点に戻す。

5-5でそのまま延長突入。

横浜は先行、PLは後攻と

PLに点が入ればPL勝利、横浜敗退という異様な緊張感の中で試合が進む。

 

そして、ついに均衡が破れ11回表に横浜が得点。

実はこの試合はじめて横浜勝ち越し。6-5。

PLも反撃でその裏同点に追いつく。6-6。

2アウトと後がない所で奇跡の同点劇。

以降15回終了まで試合動かず。

松坂も気力の投球。

 

16回に再び横浜勝ち越し。7-6。

今度こそ横浜が逃げ切るかと思いきやまたもPL追いつく。7-7。

PL側の守備妨害にも見えたが判定そのまま。

なんというかPLの執念がすさまじかった。

 

17回表に横浜が2点リード。9-7。

途中出場の常盤が勝ち越しツーラン。

常盤選手のガッツポーズが横浜の苦しさや歓喜をすべて集約していた。

17回裏は松坂が0店で抑え横浜勝利。9-7終了。

しぶといPLはついに力尽きる。

松坂は250球の完投勝利。

前日からの連投であったので二日間で398球

松坂に笑顔はない。

PLの選手は敗戦も笑顔。悔いはないだろう。

PL学園の対横浜に対する執念と意地は本当に見事だった。

勝ちたい気持ちが大事というがこのときのPL学園の選手はそれが全面に出ていた。

これが準々決勝なのだから決勝であればどうだったのだろう。

まさに死闘だった。

 

壮絶な試合で横浜が追い詰められたが何とか振り切りました。

この松坂の投じた250球は今後の高校野球でも語り草になります。

延長戦も当時は18回制でその長さに見直しを求める意見が相次ぎました。

試合後の横浜・渡辺監督は次の日の準決勝での松坂先発はしないと明言。

松坂本人も難しいことを表明。

 

 

準決勝明徳義塾

横浜敗退の最大の危機だった試合。

前日のPL学園との死闘で疲労も残る中での連戦。

加えて明徳義塾は左右の二枚看板投手を擁する難敵。

(エース左腕寺本、右のサイドハンド高橋と両名とものちにプロ入りする)

コンディションの面でも明徳に分があったのは明らかでした。

この試合の松坂は予告通り先発のマウンドには立たずレフトの守備位置へ。

それでも松坂の姿を見てほっとしました。

 

試合は明徳義塾が終盤まで6点をリードするワンサイドな展開。

松坂を使えない横浜は控え投手をやりくりして何とか戦いますが、

明徳打線は甘くありません。

加えて明徳先発の寺本が好投し横浜打線が沈黙します。

7回を終えて6-0。

横浜が窮地に立たされます。

私も横浜苦しいなと思いました。

 

しかし、横浜も維持がある。

8回裏の横浜の攻撃で4点が入ります。

この中には松坂のタイムリーもありました。

このときの球場の雰囲気が横浜を後押しをし始めて、

まるで阪神タイガースのチャンス時みたいになってました。

明徳義軸の選手はかなり動揺していたと思います。

さらに横浜側のブルペンに松坂の姿が!!

球場は沸きます。

まさかこのあと松坂が投げるのではと。

(まあ投げるからブルペンに出てきたんですが)

 

試合は明徳の投手も寺本から高橋に代わり何とか4点で横浜の攻撃を抑えます。

このとき6-4と4点を返したもののまだ2点負けていた横浜。

あと残されたイニングは1回のみ。

後がないのは変わりません。

しかし。

 

松坂がマウンドへ

主役の登場です。

甲子園全体から待ってましたの松坂コール。

こんなことが高校野球で起こるとは。

私も当時は少年だったので衝撃でテレビの前から動けなくなりました。

松坂の腕には痛々しいテーピングが巻いてあったので万全ではないでしょう。

けど、この大歓声が疲れや痛みを吹き飛ばしたと思います。

そして松坂は9回表の明徳の攻撃を0点に抑えます。

6-4で横浜はリードを許していましたが舞台が整いました。

 

もはや必然だった横浜のサヨナラ勝ち

その裏の横浜の攻撃。

先頭打者が出塁次打者がバントするもこれがいいところに転がって内野安打

さらに送りバントが野選になりなんと無死満塁に。

全て横浜がいいように進んでいきます。

相手側からしたら何これって感じでしょう。

ここで次打者の後藤武敏が同点タイムリ。ついに6-6 

この人の勝負強さは高校時代から培われてたんですね。

そして二死満塁まで試合が進む。

横浜の打者は途中出場の柴。

明徳のマウンドはエース寺本が前打者から再登板。

柴の放った打球がセカンド頭上をわずかに越えてサヨナラヒット

決していい当たりではなかったが、いいところに飛んだ打球。

これが流れであり野球の怖さでもありました。

劇的に横浜がサヨナラで決勝進出です。

終盤で最大6点差をひっくり返しての勝利はもはやドラマ。

横浜伝説はこんなところからきています。

 

敗戦したものの明徳義塾は素晴らしいチームでした。

エース寺本は前年のセンバツから二年生ながら出場していた選手で実績もありました。

優勝候補横浜相手にも臆することなく立ち向かい、勝利まであと一歩のところまでいったのは彼が初めてだったでしょう。

横浜への声援が多い展開でも、自分を保ち続けて気迫で横浜に立ち向かっていた姿が印象的でした。

そんな彼もサヨナラの場面ではマウンド上でうずくまって動けません。

敗戦し、

前日のPL学園の選手たちが笑顔だったのに対して、

明徳義塾の選手たちは号泣。

試合後の両者の姿は対照的でした。

 

勝戦で松坂はノーヒットノーラン

決勝の相手は京都成章

一回戦からエース左腕の古岡が投げ続けてますが、

試合を重ねるごとに安定感が増していくという疲れを見せない投手。

古岡はこの大会で一番成長した選手かもしれません。

同年センバツでは初戦で大量失点して敗れています。

それが夏の大会の決勝まで勝ち上がったのたがら見事としかいいようがありません。

総合力で横浜が上回るだけに彼の投球がこの試合の明暗を握ります。

横浜の先発は松坂。

準決勝の休養がどこまで彼を回復させられたか。

 

試合が始まって両投手とも立ち上がりが素晴らしく序盤0-0。

均衡を破ったのが横浜。

唯一の二年生レギュラーの松本が先制ホームラン。1-0

実はこれがチーム初安打。

それだけ相手の古岡の投球に苦しめられていました。

一方の松坂は被安打0と快投。

 

試合はこのまま横浜が追加点を挙げ3-0に。

気が付けば松坂は被安打0で最終回のマウンドへ。

そして最後の打者を空振り三振に仕留めた瞬間、

夏の甲子園史上二人目の決勝戦ノーヒットノーラン達成です。

横浜高校伝説を主役の手で完結させました。

PL学園戦、明徳義塾戦と死闘を重ねて決勝戦ノーヒットノーランで締めくくるわけですからこれ以上の物語はありません。

 

敗れた京都成章は何も恥じることはありません。

大会を通じて横浜高校相手に僅差で渡り合えたのは京都成章だけです。

センバツからの雪辱はとうに晴れていたことでしょう。

 

1998年横浜高校は先述した通り松坂を筆頭にタレント揃いの集団でした。

しかし、激闘は彼ら全員がチームワークで乗り切りました。

大会前は横浜高校が苦戦する姿をあまり想像していませんでしたが、

対戦相手が”打倒横浜”で立ち向かったからこそここまでのドラマが生まれました。

戦力差は気迫とチームワークで埋める。

横浜にはこれが脅威だったと思います。

横浜も最後まで彼らに手を抜かず全力で相対した結果が春夏連覇という偉業に繋がりました。

 

非常に印象に残った大会でした。

 

松坂世代の活躍

1998年大会でこれに触れないわけにはいきません。

松坂世代は黄金世代と呼ばれ多くの選手がプロ野球で活躍しました。

先述した選手以外でも注目選手は多数いましたので代表的な選手を紹介します。

 

古木克明豊田大谷) 横浜ドラフト1位

和田毅 (浜田)   早稲田大→ダイエー自由獲得枠

東出輝裕 (敦賀気比) 広島ドラフト1位

久保田智之 (滑川) 阪神JFKトリオの一角

加藤健 (新発田農) 巨人

石堂克利 (愛工大名電) ヤクルトドラフト1位

村田修一 (東福岡) 横浜自由獲得枠

新垣渚 (沖縄水産) ダイエー自由獲得枠

吉本亮 (九州学院) ダイエードラフト1位

赤田将吾 (日南学園) 西武ドラフト2位

小林正人 (桐生第一) 中日

木村昇吾 (尽誠学園) 横浜

上本達之 (宇部商) 西武

実松一成 (佐賀学園) 日本ハムドラフト1位

森本稀哲 (帝京) 日本ハム

その他

二回戦豊田大谷宇部商

豊田大谷が延長15回、宇部商藤田のボークでサヨナラ勝ち

 

準々決勝横浜-PL学園戦、その他エピソード

①序盤PL学園は横浜バッテリーの癖を見破っており、

三塁コーチャーが伝達をしながら試合を進めていた。

このことに気付いた横浜バッテリーはサインを変えながら対処した。

当時はサイン盗みや伝達はグレーではあったが禁止されておらず当たり前のように行われていた。

先述した豊田大谷宇部商船のサヨナラボークの場面も

二塁走者が宇部商バッテリーのサインを打者に伝達しているような仕草をしたため、

宇部商捕手がそれに気付き対処しようとした瞬間に起こった悲劇であると言われている。

 

②松坂の250球は伝説として語り草になっているが、

投げすぎとの批判もあり延長18回制の見直しを迫られた。

数年後、延長は15回までとなった。

また当時は準々決勝後の休養日もなく

日程によっては三回戦から決勝まで四連投となるなど

投手の酷使も議論となった。

 

まとめ

横浜高校春夏連覇の偉業

とくに大会終盤はドラマ連発

今日までここまで壮絶な戦いも見られず伝説となっている。

 

また、松坂世代の活躍で大会はハイレベルな戦いが多く、

一回戦から壮絶な打撃戦も数試合あった。

 

ダントツ優勝候補といえど夏の戦いを勝ち上がるのがいかに難しいか。

また、優勝候補打倒を明確に掲げ挑んで敗れたチームも印象に残った。