Mr.申告敬遠

野球中心ですが時々他の事も語ります。

夏の甲子園プレイバック 2001年

このシリーズは過去の夏の甲子園大会を

私の記憶を頼りに振り替えるシリーズです。

何年かはランダムで選びます。

期間は1996年から2019年。

(この範囲なら記憶がしっかりしてます!!)

なるべく全部お届けできるように頑張ります。

なぜ2001が最初なのかとかは後回しで。

 

では、

夏の甲子園2001年大会をを振り返ります。

 

優勝校 日大三

準優勝校 近江

注目選手 寺原隼人日南学園

 

優勝した日大三は強打のチーム

 

最初はやや大味な打撃のチームかと思ってみてましたが、

振り回すのではなくコンパクトに逆方向へ速いライナーを打つことができるチーム

で、しかも打順関係ありません。

中軸の選手はホームランを量産してましたが、

基本は繋ぎがしっかりしていました。

打撃で試合の主導権を握って投手陣が守り切るのが戦法でした。

接戦も何試合かありましたが先に点を与えない守りも見事。

ちなみに投手陣の中心はエース・近藤(現ヤクルト)。

今のように速球派のイメージはなく、技巧派だった気がします。

まあそれは先発、中継ぎの違いもあるということでしょう。

日大三については甲子園常連校で誰もが知ってる学校ですが、

意外にも夏の甲子園初めて優勝したのは今大会でもあります。

 

準優勝した近江は複数投手性

 

この近江は失礼ながら大会前の下馬評は高くなかったと思います。

しかし、現在の主流である複数投手性を当時から確立していたチームで、

投手含めた総合力を駆使し決勝まで勝ち上がりました。

現在では甲子園の常連校として君臨してますが、

この大会がきっかけに飛躍したのは間違いないでしょう。

ちなみに現在の近江は試合巧者のチームが多いですね。

 

寺原隼人

 

この大会はとにかく寺原隼人日南学園)の大会でした。

チームは準々決勝で敗れましたが、残したインパクトがすごかった。

優勝した日大三の話がかすんでしまうくらいです。

彼は「甲子園最速を狙う」と公言して見事にそれを果たしました。

当時はスピードガン表示が球場内でされていなかったので、スカウトなどの計測器での記録でしたが154キロの球速が記録されています。

当時の高校生で150キロ以上の球速を出せるピッチャーがなかなかいなくて、

速い球を投げられるのはめずらしく話題がそれに集中。

それに加えて順当に勝ち上がっていったので人気も上々。

寺原擁する日南学園が登場する日は球場は満員。

人気度を最近で言うと2018年金足農業の吉田投手あたりですかね。

ちょっと例えるのが難しいです。

ちなみに、

日南学園が敗れた相手が横浜高校

松坂投手で春夏連覇の印象が強烈で、以降もすっかり人気校。

この横浜高校は隙が無い好チームで試合巧者。

日南学園相手に主導権を握らせません。

中盤まで一進一退の攻防が続きます。

そして結果は終盤で勝ち越しに成功した横浜が勝利。

準々決勝のこのカードが事実上の決勝戦とかいわれてました。

確かにそうだったかもしれません。甲子園は異様な雰囲気でした。

当時のことはまだ鮮明に覚えてますね。

実は私この試合が生涯初の甲子園で現地観戦

それがこんな試合に立ち会ったわけですからもうすっかり心を奪われましたね。

この試合に勝利した横浜高校を次の試合も全力応援したのですが、

優勝した日大三に激戦の末サヨナラ負けと悔しい結果になりましたね。

でも、日大三は強かったですし納得でした。

 

最後に

2001年をシリーズ最初に振り返ったのは、

初観戦の衝撃があったので是非とも記事にしたいとい気持ちがありました。

とにかく寺原隼人の人気がすごかったこと、

横浜高校の洗練された野球、

それを打ち砕いた日大三と数々のドラマがあった大会でした。